01
PLANTS
観葉植物はどうする?
数週間なら何とかなるかもしれない。でも、何か月もタイにいたら水やりはどうするのか。そんな小さなことが気になる。
04 / JAPAN & THAILAND
日本か、タイか。
まだ答えは出ていない。
タイで暮らしたいと思うことがある。
でも、日本の暮らしを全部手放したいわけではない。
今はまだ、どちらか一つに決めなくてもいいと思っている。
MOVE OR STAY
タイへ移住する。言葉にすると、とてもシンプルに聞こえる。
でも、本当に生活の拠点を移すなら、日本の家をどうするのかを考えなければならない。 マンションを売るのか。家具や家電を処分するのか。車も手放すのか。
長く暮らしてきた生活を一度たたむには、想像している以上のパワーがいる。 そして全部手放したあと、日本へ帰ってきても、自分の家はもうない。
タイへ行くことよりも、
日本の暮らしを全部片づけることの方が難しいのかもしれない。
そこまでして、今すぐ「移住」と決める必要があるのだろうか。最近は、そんなふうに考えている。
KEEP A BASE
二拠点生活という言葉は格好いい。
でも現実は、小さな心配事の積み重ねでもある。
01
PLANTS
数週間なら何とかなるかもしれない。でも、何か月もタイにいたら水やりはどうするのか。そんな小さなことが気になる。
02
CAR
長期間乗らずに帰国したら、バッテリーが上がっているかもしれない。車を持ったまま離れるにも管理がいる。
03
HOME
郵便、換気、防犯、設備。誰もいない家を長く残すなら、住んでいるときとは違う気遣いが必要になる。
HEALTH & TIME
60歳の今は、自分で空港へ行き、飛行機に乗り、タイと日本を行き来できる。 車も運転できるし、知らない場所へ出かけることもできる。
でも、これが10年後、15年後も同じとは限らない。 体調を崩せば、定期的に病院へ通うことになるかもしれない。
元気なうちは「どこにでも行ける」と思える。けれど、健康寿命を考えると、暮らす場所は気候や物価だけでは決められないと思うようになった。
どこが安いかだけではなく、
具合が悪くなったとき、どこへ戻りたいか。
そのことを考えると、自分にとって日本の拠点は、まだ必要だと思っている。
FAMILY & LIFE
60代になると、自分の老後だけではなく、親のことを気にする人も多くなる。
見守りや介護が必要になるかもしれない。家族との距離や、病院、住まいのこともある。 海外で暮らしたいという自分の希望だけでは決められない事情も出てくる。
若い頃の「海外へ行く」と、
60歳からの「海外で暮らす」は、少し違う。
人生の後半では、自分の自由と、周りの人とのつながりを、どちらも見ながら場所を選ぶことになるのだと思う。
WITH SOMEONE
タイは、ただ物価が違う国でも、
旅行先でもなくなった。
今の自分には、タイにナムがいる。 長く一緒に過ごしてきたから、当然「いつ一緒に住むの?」という話にもなる。
結婚を考えれば、タイで一緒に暮らすことも、今までより現実味を帯びてくる。
でも、結婚することと、
タイに骨を埋める覚悟があることは、同じではない。
日本はやはり暮らしやすいと思う。街はきれいで、生活にも慣れている。 物価も、何もかもが特別に高いと感じているわけではない。
好きな人がいる場所と、自分が一生暮らせる場所。そこには、少し違う問いがある。
JAPAN SIDE
自分がタイへ移るのではなく、ナムが日本へ来るという選択もある。
でも、日本語をほとんど話せない状態で、日本の生活になじめるだろうか。 日々の買い物や手続きはどうするのか。日本で働くことはできるのか。
自分にとっては慣れた日本でも、ナムにとっては外国になる。
自分にとって暮らしやすい場所が、
相手にとっても暮らしやすいとは限らない。
一緒に暮らすというのは、どちらか一人が我慢して場所を合わせれば終わる話ではないのだと思う。
TWO BASES
今はまだ、ひとつに決めない。
それも自分なりの選択だと思っている。
JAPAN
家を残す。生活の基盤を残す。健康やこれからの時間を考えたとき、安心して戻れる場所を持っておく。
THAILAND
旅として行くのではなく、大切な人と時間を過ごす。必要なら滞在期間を変えながら、もう一つの生活を続けてみる。
FROM HERE
60歳の答えと、65歳の答えは違うかもしれない。
健康状態が変われば、暮らしたい場所も変わるかもしれない。
お金の状況が変われば、選べる方法も変わる。
ナムとの関係や、お互いの生活も、この先ずっと今と同じとは限らない。
だから今、一生分の答えを決めてしまわなくてもいいと思っている。 日本の家を残し、タイにも行く。必要になったら、そのときまた考える。
何が正解なのかは、まだ分からない。
でも、分からないまま考え続けることも、人生の選択なのだと思う。