STORY 02

2005 —
人生が大きく動いた。

3億2千万円の当選。
ブログ、出版、店、そしてテレビドラマ。

人生が突然、思いもしなかった方向へ
動き始めた数年間だった。

けれど今振り返れば、
その出来事だけが人生をつくったわけではない。

2005 — 2008

大きな当選金の入金を確認する通帳と当時の部屋をイメージした写真

06

3億2千万円が
当たった日

2005年、自分の人生に、それまで想像したこともなかった出来事が起きた。

ロト6で、3億2千万円が当たった。

この出来事については、これまで本にも書いたし、テレビでも何度も話してきた。

「当選した瞬間、どう思いましたか?」

「人生は変わりましたか?」

「3億円を手にしたら、仕事なんて辞めたくなりませんでしたか?」

今まで何度も聞かれてきた質問だ。

もちろん、3億2千万円という金額は大きい。

普通に会社員として働いていた自分にとって、給料や貯金とはまったく違う桁のお金が、突然自分の人生に入ってきた。

当時のことを語ろうとすると、どうしてもドラマチックな話になりやすい。

自分自身、本を書いたり、テレビで話したりする中で、分かりやすく伝えるために話を膨らませた部分もある。

でも、20年以上経った今、あらためて振り返ってみると、少し見え方が違う。

あの日を境に、別人になったわけではなかった。

朝起きれば、自分は自分だった。

それまで身につけてきた考え方も、性格も、癖も、急に変わるわけではない。

そして自分は、その後も会社を辞めなかった。

仕事を続け、日常へ戻った。

もちろん、当選によって、それまでできなかったことができるようになった。

お金を使った。やってみたかったことにも手を出した。

その中には、うまくいったこともあれば、そうではなかったこともある。

ただ、今ここで一つひとつの失敗談を並べたいわけではない。

それについては、これまで本やテレビでもずいぶん話してきた。

今振り返って面白いと思うのは、もっと別のことだ。

世間から見れば、

「ロト6で3億2千万円が当たった」

そこが自分の人生のクライマックスに見える。

けれど、自分の人生はそこで終わらなかった。

むしろ、そのあとにも20年以上の時間が続いている。

40歳頃に起きた人生最大級の出来事も、60歳になった今から振り返れば、長い人生の途中にあった一つの出来事になった。

ただ、その頃の自分には、一つ困ったことがあった。

こんな出来事が起きたのに、誰にでも気軽に話せることではなかった。

喜びも、不安も、考えていることもある。

けれど、それを現実の知り合いに話すのは難しい。

そこで自分は、インターネットの中に書くことにした。

ブログだった。

07

誰にも言えないことを、
ブログに書いた

ロト6で3億2千万円が当たった。

普通なら、誰かに話したくなるような出来事かもしれない。

けれど実際には、そう簡単ではなかった。

金額が大きすぎる。誰に話していいのか分からない。話したことで、人間関係が変わってしまうかもしれない。

だから、自分の中にあるものをそのまま誰かに話すことができなかった。

そこで始めたのがブログだった。

当選して何を感じたのか。その後、何が起きたのか。お金を持つことで見えてきたもの。

自分でも整理できていない気持ちを、文章にして書いていった。

最初から、「いつか本にしよう」と思っていたわけではない。

まして、「これをドラマにしてもらおう」などと考えるはずもない。

誰にも話しにくいことを、インターネットの中なら書けた。

ただ、それだけだった。

今ならSNSもあるし、誰でも簡単に自分の考えを発信できる。

けれど当時、ブログというものはまだ今ほど当たり前ではなかった。

自分にとっては、誰かに聞いてもらう代わりに、文章を書いていたようなところもあったのだと思う。

そして、その文章をたまたま見つけた人がいた。

『週刊プレイボーイ』の記者だった。

そこから話が動き始めた。

取材を受けることになり、やがて、

「本にしてみませんか」

という話へつながっていった。

人生というのは、不思議なものである。

ロト6が当たったことも偶然なら、その気持ちをブログに書いたことも、そのブログを記者が見つけたことも、最初から計画していたものではない。

ただ、そのとき自分がやったことが、次の出来事につながった。

誰にも言えなかったことを文章にした。その文章が、知らない誰かの目に留まった。

そして、自分の人生が一冊の本になることになった。

08

自分の人生が、
本になった

2006年。

自分の体験をもとにした、

『ロト6で3億2千万円当てた男の悲劇』

が集英社から出版された。

自分は作家を目指していたわけではない。

ただ、思い返してみると、文章を書くことそのものは昔から嫌いではなかった。

中学生の頃、作文を書くのが好きだった。

作文の時間になると、何を書こうかと悩むより、次から次へと文章が出てくる。自分では、わりとスラスラ書ける方だと思っていた。

ところが、学校の国語という授業は大嫌いだった。

担当の先生とはどうにも馬が合わず、中学校の通知表で唯一、5段階評価の「1」を付けられたのが国語だった。

一方で、好きだった技術・家庭科は「5」。

文章を書くのは好きなのに、国語は1。機械いじりが好きで、技術は5。

今振り返ると、なかなか面白い通知表だったと思う。

そんな人間が、それから何十年か経って本を出版することになった。

しかも、その本は後にテレビドラマの原作になる。

そのとき自分は、

「学校の成績って、いったい何だったんだろう」

と思った。

もちろん学校には学校の評価基準がある。

ただ、通知表についた数字だけで、その人が将来何をできるのかまで分かるわけではない。

少なくとも、国語で「1」を取った中学生の自分に、「あなたは将来、本を出版します」と言っても、まず信じなかっただろう。

そして本が出版されると、それまで自分だけのものだった経験が、少しずつ自分の手を離れていった。

知らない人が本を読む。感想をくれる。自分の人生について、自分の知らない場所で誰かが話している。

自分に起きた出来事が、誰かにとっては一つの物語になる。

それまで経験したことのない、不思議な感覚だった。

もちろん、本にする以上、起きた出来事をそのまま日記のように並べるわけではない。

読み物として伝わるように整理する。分かりやすくする。印象に残るように形を整える。

今振り返れば、事実そのものだけではなく、物語として膨らませた部分もあったと思う。

けれど、それも含めて、自分の人生が初めて「人に読まれるもの」になった。

ずっと技術者として図面や部品を相手にしてきた自分が、今度は文章を通して知らない誰かとつながっている。

人生には、こんな展開もあるのかと思った。

そして本を出したことで、さらに新しい人との縁も生まれた。

その中の一人が、後に自分の店を任せることになる人だった。

09

一度あきらめた夢を、
やってみた

本を出版したことで、それまでなら出会うことのなかった人たちとの縁が生まれた。

その中の一人が、本を読んで自分に連絡をくれた人だった。

話をするうちに、その人に店長をお願いし、自分は店を始めることになった。

扱ったのは、タイで仕入れた雑貨など。そこに喫茶の要素も加えた。

考えてみれば、ずいぶん遠回りをしたものである。

18歳の頃。

専門学校へ通いながら喫茶店でアルバイトをしていた自分は、

「いつか自分も店をやってみたい」

と思っていた。

けれど、その道には進まなかった。

親に反対され、技術の世界へ入り、それから長い間エンジニアとして働いた。

いつしか、店を持ちたいという夢も昔の話になっていた。

それが20年以上経って、思いもしなかった形で戻ってきた。

ロト6が当たり、本を出版し、その本を読んだ人との縁から、自分の店を持つことになった。

人生というのは、本当にどこで何がつながるのか分からない。

ただし、自分が会社を辞めて毎日店に立ったわけではない。

その頃も会社員として働いていた。

平日は仕事がある。当然、店に使える時間には限りがあった。

だから日々の営業は店長に任せ、自分は会社員を続けながら店に関わるという形だった。

今振り返れば、少し不思議な生活だったと思う。

平日はエンジニアとして働く。一方では、自分の店がある。

しかもそこには、若い頃に憧れた喫茶店と、1999年から通うようになったタイが一緒に存在していた。

若い頃の夢と、その後の旅が、思いもしなかったところでつながった。

もちろん、店を持つことと、店を経営し続けることは別の話である。

実際にやってみれば、思ったようにいかないこともあった。

人に任せる難しさもある。お金のこともある。

細かな失敗を挙げれば、いくらでも出てくる。

でも、今はそれを「成功だったのか、失敗だったのか」という二択ではあまり考えていない。

自分にとって大きかったのは、

一度あきらめたことを、本当に一度やってみたことだった。

18歳の頃に、「自分の店を持ってみたい」と思った。

その願いが、思い描いていた形とは違っていたとしても、20年以上経って現実になった。

やってみたからこそ分かったこともある。

そして、「あのときやっておけばよかった」と思い続ける夢が、一つ減った。

人生の中には、叶えることよりも、一度やってみることで区切りがつく夢もあるのかもしれない。

店を始めた頃の自分は、まだ知らなかった。

すでに出版された一冊の本が、この先さらに大きなところまで話を運んでいくことを。

2008年。

その本が、テレビドラマの原作になる。

テレビドラマの記者発表会場をイメージした写真

2008 / TELEVISION DRAMA

ブログに書いた私的な記録は、いつの間にかテレビの世界までたどり着いていた。

10

そして、
テレビドラマになった

2008年。

自分の本を原作にしたテレビドラマが放送されることになった。

『ロト6で3億2千万円当てた男』

主演は反町隆史さん。

本を出版しただけでも、自分には十分に不思議な出来事だった。

それが今度はテレビドラマになる。

しかも、全国ネットで放送される連続ドラマである。

ここまで来ると、もう自分の日常とはずいぶん離れた世界の話に思えた。

ドラマの放送が近づくと、テレビ局を挙げて番組宣伝が始まった。

出演者や関係者が集まり、大勢の記者を前にして記者発表が行われる。

そこへ、原作者として自分も呼ばれることになった。

東京へ向かった。

東京駅に着くと、集英社の担当者が迎えに来てくれていた。

そこで少し妙なことに気づいた。

それまで普通に名前で呼ばれていたのに、

「先生、こちらです」
「先生、お疲れさまです」

と、いつの間にか「先生」と呼ばれるようになっていた。

本を書いたからなのか。ドラマの原作者になったからなのか。理由はよく分からなかった。

ただ、

「俺、先生になったの?」

という不思議な感じだけは覚えている。

周りにはテレビ局の人、出版社の人、芸能関係者、記者。

自分一人のためではないにせよ、いろいろな人が動いている。

丁寧に案内され、「先生」と呼ばれる。

こういう世界に長くいると、

「自分は偉くなった」

と勘違いしてしまう人もいるのかもしれない。

そんなことを、ぼんやり考えていた。

でも自分自身は、大したことをやったとは思っていなかった。

小説を書くために何年も机に向かったわけでもない。作家になるために勉強を続けてきたわけでもない。

ロト6が当たった。誰にも言えない気持ちをブログに書いた。それを偶然、週刊誌の記者が見つけた。本になった。そして、その本がドラマになった。

振り返れば、

「たまたま」が何度も重なった結果だった。

もちろん、「運も実力のうち」という言葉もある。

何かを書いていなければ、記者の目に留まることもなかった。

声をかけてもらったときに断っていれば、本にもならなかった。

そう考えれば、自分がした選択も確かにあった。

でも、「自分には特別な文才があったからだ」とは、今でも思わない。

タイミングがよかった。人との縁があった。そして何より、運がよかった。

人生には、努力したからといって、必ず報われるとは限らないことがある。

一生懸命やっているのに、どうしてもうまくいかないこともある。

その一方で、それほど力を入れていなかったことが、思いもしなかった方向へ転がっていくこともある。

ブログを書いていた頃の自分は、「この文章を本にして、いつかテレビドラマにしよう」などと考えていたわけではない。

肩の力を抜いて、自分の気持ちを書いていただけだった。

それが結果として、自分では想像もしなかったところまで運ばれていった。

だから60歳になった今でも、

人生は、努力だけでは説明できないと思っている。

頑張ることが無駄だという意味ではない。

ただ、頑張れば必ず思いどおりになるわけでもない。

逆に、少し力を抜いてやっていたことが、思わぬところで誰かとつながることもある。

努力。タイミング。人との縁。そして運。

そのどれか一つだけで、人生が動いているわけではないのだと思う。

2008年。

テレビの中では、自分の人生をもとにした物語が放送されていた。

世間から見れば、人生の絶頂期のように見えたかもしれない。

けれど、ドラマの放送が終われば、自分にはまたいつもの生活が待っていた。

月曜日になれば、会社へ行く。

11

物語が終わっても、
人生は続く

テレビドラマの放送が終わった。

本を出版し、自分の人生をもとにしたドラマまで作られた。世間から見れば、そこで一つの物語が完結したように見えたかもしれない。

けれど、自分の人生にはエンドロールは流れなかった。

ドラマの放送が終われば、また会社へ行く。図面を見て、打ち合わせをし、問題が起きれば対応する。休みになれば旅へ出る。

そんな会社員としての日常が、また続いていった。

もちろん、ロト6が当たる前と何も変わらなかったわけではない。

お金があることで選べることは増えたし、本やテレビを通して、それまでなら出会わなかった人たちとも出会った。タイとの関わりも続いていった。

それでも、自分という人間そのものが別人になったわけではなかった。

3億2千万円が当たっても、ドラマの原作者になっても、腹が立つこともあれば、仕事へ行きたくない日もある。

今振り返れば、それは当たり前のことだったのだと思う。

大きな出来事には、始まりと終わりがある。

ロト6が当たった日も終わった。
本が発売された日も終わった。
ドラマの最終回も終わった。

そして、また翌日が来る。

人生の大部分は、その「翌日」の積み重ねだった。

テレビの中の物語が終わったあと、自分はまた普通の日常へ戻っていった。

そして、その日常は、この先さらに長く続いていくことになる。

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STORY 03

物語の、そのあと。

ドラマが終わっても、人生は続いた。
会社員として働き、タイへ通い、年齢を重ねる。

大きな出来事ではなく、何でもない毎日を積み重ねながら、時間は流れていった。

そして気がつけば、あの当選から20年。
長かった会社員生活にも、終わりが近づいていた。

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